id:heartless00氏へのお返事――健康で文化的な最低限度の、誰でもない私の承認

公開日: : 最終更新日:2012/02/14 Diary

はじめに――有村悠、錯乱す

13日のエントリを上げ、id:p_shirokuma氏のコメント欄でやり取りをしてから、ぼくの精神は失調をきたした。「なんだか身包みはがされた気分」とコメントしたのだが、どうやら的を得ていたらしい。ぼくの心は丸裸にされてしまったのだろうか。翌日は外でアルバイトをしながらひたすら自問自答し、もっと頭を使って動けと叱責されてひどく落ち込み、帰宅してからもTwitterで錯乱気味の投稿を続け、土曜こそ普通に新月お茶の会の例会に出たものの日曜は再び混乱、深夜にはついに鬱を再発しかけた。

よほどp_shirokuma氏の指摘とぼくの応答がクリティカルだったのか。いまもどこか不安で現実感がない。これではまるっきりメンヘルではないか……。所詮気違いの戯言だな、と顔も知らぬ人々が嘲笑するのが目に浮かぶようだ。そんな具合なので、この話題を続行するのはぼくにとってひどく苦しい。苦しいのだが、id:heartless00氏の質問に答えることを確約してしまった手前、さらに心の内側を覗き込まざるをえない。自分がまともな文章を書いているかすら疑わしいが、読んでいただくしかない。

投げかけられた質問――きみは特別なのかい?

まずは、heartless00氏の質問を全文引用させていただく。あらためてご自分のブログに記されたので、引用はそちらから。

失礼ながら御二人に質問させて頂いてよろしいでしょうか?(厚かましくて申し訳ないです。どうしてもお聞きしたかったので)

y_arimさんの仰るカジュアルな承認願望(一体感・相対の一部としての承認願望)に対する真剣/深刻/マジ/ガチな承認願望とは「他の誰でもないこの私」的な承認願望であってエグゼクティブ・フォーマルな承認願望という感じとはちょっと違うんじゃないかと。

ふと、先日書いた「15歳少女DJ」や「涼宮ハルヒ」が頭に浮かんだので。涼宮ハルヒは「自分が数万人の内の一人にすぎない」と気づき「選ばれた人間になりたい」と奔走し挫折し世界を壊そうとしたときにキョンに「教室の後ろの、いや違う、他の誰でもない涼宮ハルヒ」として承認される事で救われる・・いわばナンバーワンを目指す承認がオンリーワン的な承認によって救われる物語ですよね。

ここから邪推になりますが、y_arimさんの場合上昇志向が強く自分は特別であるという感覚を抱いていたが東大に入ると「頭がいい」という事は特別ではなく「他にもたくさんいる」という事実に触れ失望したのではないかと。確かに自分は頭がいい、しかし頭がいいヤツは他にもいる、という具合に。表向きは「上には上がいる。ナンバーワンになれない」という「エグゼプティブ」な承認欲求に見えるがその背後には「そういう能力の上下は関係ない、ただこの他の誰でもないこの私」として承認されたい、といった本来的な意味での承認願望がメンヘルの引き金になったのではないでしょうか。y_arimさんの場合承認願望というものを突き詰めて突き詰めて、心病れるまで悩んだ末にある程度相対化されたのに対し、突き詰める事をやめてしまった人種がいる・・未だに「一般的に劣等でも、ここではナンバーワンになれちゃうもんねー」的な2chのネタにマジレスしちゃう自意識クンを見るともう痛くて痛くてたまらなくて説教したくなる、「ナンバーワン?オンリーワン?どうでもいい。一体感バンザーイ」的な動物化したニコニコ君に対してはお前ら正気っすかと突っ込み入れたくなるのではないかと。以上鬱で通院した事がある私の経験を投影しまくった邪推ですが・・

y_arimさんとしてはやはり本来的な意味での承認欲求、雄ザルのボス取り合戦や記号の一体ではない「真剣/深刻/マジ/ガチ」(中二とレッテル貼られがちな)承認欲求をヌルオタに啓蒙したいと思ってらっしゃるのではないかと感じましたが、どうでしょうか?

その点p_shirokuma先生はまったく正反対でニコニコ的承認・カジュアルな承認超OKと仰られている。これは、本音なのかなぁ・・っていうか残酷すぎる気がします。未だかつて人類がそんな浅ぁーいコミュニケーションだけで生きられた経験ないんじゃないかと。もし生きられる社会がこれから完成したとしても、それは一度きりの人生しか生きられない人間として幸福かどうか疑問に思うところです。

一見すると「承認欲求捨てろ」と冷たく感じるガチオタなarimさんと、「承認欲求大事だよ」と温かく感じる脱オタなshirokuma先生ですが・・まったく反対なのかなぁと感じました。1日3~5時間ニコ動やってるニコ厨によるshirokuma先生への悪意なき抗議ですが・・

長くなってしまいましたが、p_shirokuma先生とy_arimさんのやり取り、すごくおもしろかったです。っていうか本当にすごかった・・たぶん 20回くらい読んだと思います。こんなすごいものに私なんかでは手足がまったくでませんが、どうしてもお聞きしたかったのでいちギャラリーとして質問させていただきます。

話をわかりやすくするために、ぼくのp_shirokuma氏のブログでのコメントからも部分引用。

結局、承認欲求に関しては悪い記憶やイメージばかりが思い浮かぶので、あのように極端なカウンターを当てた、と言うことができそうです。そして「そんなお手軽に承認欲求が満たされるなど許せない」というルサンチマンの発露。エグゼクティヴといいますか、真剣/深刻/マジ/ガチであることを常に求め続けるという傾向がぼくにはあります。そのような見地からも所謂ヌルオタを糾弾しつづけているのですが、それもまあ、肩の凝る話ではありますね。

まず、ぼくの表現が拙かったためにheartless00氏には若干誤読させてしまったことをお詫びしたい。「真剣/深刻/マジ/ガチであることを常に求め続ける」とは、承認欲求に限った話ではない。もっと根本的な、物事一般に対する態度そのものを指している。いきなり寄り道してしまうが、そちらにも触れておこう。

本筋から離れて――何こんなことにマジになってんのこいつ? という死者のつぶやき

たとえば昨今の、あまりにネタに偏ったアニメ消費。『涼宮ハルヒの憂鬱』を、最近のオタク界随一のヒット作と騒ぎつつ、結局YouTubeやニコニコ動画に溢れるMADの元ネタとしてしか受容できなかったではないか、という憤りがぼくにはある。「エヴァを超えた」? ハルヒで人生変わってから言っていただきたいものだ。ぼくは高校時代、エヴァで読書傾向も将来の志望も友人づきあいも、物事の考え方すらも根っこから変わったぞ。TV版放映終了後1年以内に。ぼくなど比較にならぬほど甚大な影響を受けてあのようになった前島君id:cherry-3dのような人も知っている。奈須きのこ氏のファナティックな新劇場版感想は、やはりかつてのそうした体験がなければ生み出されなかったものだろう。

ハルヒTV版放映が終わって1年半近く経つが、さてそのような若者はいるのだろうか。これでも人並み以上に若いオタクのフィールドワークは行っているつもりだが、どうもハルヒで人生捻じ曲がって大変なことになっている中高生というのに出会ったためしがないのだ。まあ、作品の性質が異なるから一概に比較もできないけれど、「ハレ晴レユカイ」を楽しげに踊る人々、数多生み出される「God knows…」MAD、にゃがとさんだのちゅるやさんだのガチホモだのWAWAWAだの何だの、さてこれらがハルヒから得たものだとしたら、いったいどの程度作品そのものに対してガチで向き合った結果なのだろうか?

ちなみにガチでハルヒに向き合った例とは、くるぶしあんよ氏の考察「『涼宮ハルヒの憂鬱』における少女の創造力~虚無性を超える乙女心~」のようなものである。もっともこれは2003年時点で、原作第1巻に対してなされた考察ではあるが、しかしこれほどの愛情と深さを兼ね備えたハルヒテキストを、ぼくはほかに知らない。関連リンクにはid:kagami氏やKAOLUid:K_NATSUBBAやflurry氏id:flurryといったぼくの友人知人も登場していて、当時どれほどの議論がネット上でなされたかをうかがい知ることができる。真剣に作品に接するとは結局こういう分量と密度の文章を生み出す行為につながるのだが、しかしながら、ブックマークコメントをご覧いただきたい。

2007年05月17日 b:id:runa_way 批評, 読書 読むとハルヒの魅力が分かるらしいけど『最初の感想』だけでギブアップした。誰か各パート三行でまとめてくらさい。

これだ。三行でまとめろ。このVIP板発の物言いが2chに蔓延したのはここ2年ほどのことである。2ch内外を問わず、このクリシェを目にするたびに不快になる。テキストを真剣に読み取ろうとする意志のないことを端的に表しているからだ。それは「何マジになって語ってんの?」的な揶揄をも含んでいる。数多くの異なる言い方で、この邪悪なメッセージはネットに飛び交う――「そんな難しく考えなくても」「所詮○○なんだから」「もっと単純に」。最後は「ここは初めてか? 肩の力抜けよ」などとネタで落とされ、テキストは熱的に殺される。そんなかったるいことはやめて適当に楽しもうぜという享楽主義者の冷え切った言葉によって。

徒労と断じ、理解を拒否してせせら笑う。これは真剣/深刻/マジ/ガチとは対極に位置する態度だ。こういう人種は2chに数多く棲息すると思っていたが(昔はどうでもいいようなものにマジ語りをする場でもあったものだけど)、最近ははてなブックマークをも徘徊しているらしい。自分自身「本当は怖いモスバーガー問題」エントリなどで、この部族の襲撃を受けた。ぼくは属人的な要素ではいくらでも人を差別し見下すので、彼らこそはまさに、彼ら自身を原因とする劣等人種だと確信する。対するには、教化するか、根絶するか。コミュニケーションを拒絶して無視するくらいならば、ぼくは殴りあう。戦って死ぬ。

本筋に戻って――立派な自分をこそ承認してほしい!/誰でもないこの私をこそ承認してほしい!

さて、本筋に戻ろう。真剣/深刻/マジ/ガチな承認欲求というものは、p_shirokuma氏のフレームとheartless00氏のフレームそれぞれに対して存在する。

・p_shirokuma氏にとっては、エグゼクティブな承認欲求こそがそれであろう。ぼくの想定していたものも実はこれで、カジュアルな承認欲求とは、ニコニコ動画で趣味嗜好を同じくする者を見つけたり、アップした動画に好意的なコメントをつけられる程度で満たされるお手軽な承認欲求のことだった。その程度かよ、もっと大願を成就することで圧倒的に自分を肯定してもらおう、いや肯定させようとは思わないのか、と反発したわけだ。

ニコニコ動画で言うなら、せめてコメントで必殺のネタを繰り出して以後のコメントの流れ自体を変えてしまうとか(これはどこかで見かけた意見への反論だが、コメントに場の流れは存在する)、単体でニコニコ動画自体のイメージを左右するほどの動画を制作して、その動画を作った個人として誰もに認識され評価を得るか、最低限そこまでせねばぼくは満足できないだろう。あの場でのエグゼクティブな承認とはそのようなものであり、なるほどそれは、誰もが容易にアクセスできる代物ではない。もっと適度に充足できるものならしたほうがいい。

・対して、heartless00氏のそれは、自身の固有性に立脚したものだ。大業を為すことよりも、かけがえのない個人であることで認めてもらいたいという。これはニコニコ動画での承認欲求にもかかわってくる話で、ぼくは先日Twitterでこう記した。

y_arim 出かける前にメモ。ニコニコ動画は匿名の場である。そこで認められたり肯定されたりするのはコメントそのもの、動画そのものであって、裏にくっついてくるユーザ自身ではない。したがってそこで承認欲求は満たされない。それは擬似的なもの、錯覚だ。/これもまたニコニコ動画のトリック? http://twitter.com/y_arim/statuses/501946742

ニコニコ動画で肯定されるのはユーザ自身ではない。この観点がid:guri_2氏にはなかった。顕名の場であれば、コメントや動画はそれを提出した人物込みで評価され、その人の承認欲求にもつながるが、匿名の、それもあのように消費サイクルの早い(特にコメントなど泡沫の夢そのものだ)場では、書いた人・作った人など認識も難しい。コメントについては書く側が弾幕やAAに特化して、自ら無機質に振舞うこともあるわけだし。無論、そこでも「弾幕自重wwwwww」「字幕SUGEEEEEEE」「職人乙」と書かれれば、投稿者自身が評価された気分にもなるかもしれない。

だがそれは錯覚だ。あなたは面白いコメントを打った、400万アカウントのなかの一人としか認識されていない。あなたがどう思おうと、コメントを評価する側にとっていくらでも替えは効き、別にほかの誰でもかまわない。ここで思考実験、もし誰かが、それまでに投下されたコメント群やタグからいくつかの単語を拾ってコメントを自動生成し、投下するスクリプトを開発、それが十分出回ったとすれば、もはや人の打ったコメントとスクリプトの打ったコメントの区別はつかなくなる。あの名文句、「ここにいるのは俺とお前とスクリプト」が現前するのである。スクリプトの投下したコメントが面白がられているかもしれない、もしかしたら自分以外全部スクリプトのコメントかもしれないという状況下になったとして、さてあなたは、自分のコメントが面白がられたからといって自分が肯定された気持ちになるだろうか?

……と、ここまで書いたところでとんでもない誤読をしていたので自己フォロー。id:guri_2氏が消費者について言っていたのは、単に好きな動画やそれに好意的なコメントを見ることで自分の好みが肯定されるということであり、消費者自身の投稿するコメントは問題にしていなかった。あれえ? なぜこんな誤解をしたんだおれは。というか、コメント投稿者という観点が大元のエントリにはまったく存在しないのが逆に気になる。ニコニコ動画を見る専で自身はコメントをまったく打たないという人はどれほどいるのだろう? なんというかそれは、2chはよく見るが自分では書き込まない、という態度に似ているようにも思える。ことニコニコ動画に関しては、id:guri_2氏もエントリ冒頭で述べているように、受け手がコメントを投稿する形で参加できることがCGMとして重要なのに。

話を戻す。単に自分の好みが肯定されるというだけならば、もうユーザの固有性など問題にもならないわけで、そんな集団の一要素として自分自身を晒さずにヌルく承認されて本当に嬉しいのか? という疑問が生じる。動画投稿者にしても、(全員ではないが)投稿者が個人として認識されることが常態化しているアイマス動画や初音ミク動画以外では、日々面白いネタを供給するうp主たちのひとりでしかない。投稿者のハンドルはもちろん調べられる。が、それが結構面倒な手続き(動画止めてワンクリックはかなり敷居が高い)を踏まないとできない仕組みになっていることに、ニコニコ動画の設計思想を見て取れる。彼処でいちネタ提供者を超えて自己主張する動画投稿者は往々にしていい目を見ない。

2007年11月09日 b:id:KGV 「作曲者のアーティスティックな自意識が前面に~ニコニコ動画では受けない」 ひろゆきの匿名性に対する絶妙な誘導と徹底ぶりは凄いよ。あれだけは感心する。それにしてもmuzieは変わらない。Web2.0に背を向けている。

これは「びっくり! 君のmuzieもみっくみく」でいただいたブクマコメントだ。ぼくも同じ認識である。このような場でユーザが肯定されるとは、あくまで匿名の誰かとしての、自分自身を晒さずにいられるヌルいものでしかない。人は多面的な存在であり、顕名の全人的な対人関係・社会的関係においては、ある面では肯定されある面では否定されるというのが普通。それでもトータルではどうにかいい感じになって、落ち込んだりもしたけれど私は元気です。というのが承認に至る過程である。よくおわかりだろうが、これはしんどい。だから否定される虞のない/否定されても隠れられる、匿名という安全圏からヌルく自己肯定してもらえるというのが、ニコニコ動画でのユーザ肯定の正体だとぼくは考える。

随分上手い仕組みだなあ、と思う。なるほどカジュアルだ。こういうところにはそりゃあ人は集まるし、そういうのも必要だ、とはp_shirokuma氏とのやり取りを経て強く感じる。

そして自分語り――かけがえのない私の承認は人間としての最低条件である

……ただ、やっぱりそれではどこかしらつまらない。真剣/深刻/マジ/ガチを尊ぶぼくとしては、そんなものでは物足りない。この自分をこそ世に認めさせたい。p_shirokuma氏の仰るとおり、ぼくはそういう承認欲求にまみれている。ただそれは、自己認識では「自分を見てほしい」という受身のものではない。首根っこ引っつかんで、無理やりこちらを向かせてやる。おれを無視しようとするなら正面に回りこんでやる。肯定的にせよ否定的にせよ、誰もがおれを意識せずにはいられないようにしてやる。世界よ、俺色に染まれ――という、極めてアグレッシヴなものだ。これが染みついているからこそ、ぼくは匿名の2chでわざわざ正体をほのめかしつつ投稿したりしてきたし、ブログのプロフィールに自分の顔を晒したりしてきた。

そんな人間だけに、heartless00氏の推測は外れていて、東大に入った程度ではぼくの「自分は特別な存在であるという感覚」は揺るがなかった。教養学部文科三類13組、アニメ研、新月お茶の会、文学部歴史文化学科西洋史学専修課程、SF研、およそ東大がらみのどこへ行っても「なんかすごいやつが来たぞ」という扱いを受け、現在でも受けているのだから(ついでに言うと『頭がいい』という認識はあんまりなく、どころか身内からは軒並み糞馬鹿扱いされ続けているのだが、その話はまたいずれ)。唯一その認識が揺らいだのは絵描き時代だった。同世代どころか自分よりも若いのに上手い人間、すでにプロになっている人間がぞろぞろと存在する世界。たしかにぼくの自尊心はへし折られ、見事にメンヘって6年間廃人として生きながら死んでいた。

# 2006年05月03日 y_arim illustration, 死ねばいいのに 11歳年下でこの巧さ・・・死ねばいいのに。

2006年09月06日 y_arim illustration, 死ねばいいのに 僕が気に入るほど巧いヤツはすべからく僕に仕事を奪われて路頭に迷って首を吊るべきである、というテーゼに従ってこのタグを貼る。

これがメンヘル時代、イラストサイトへのブックマークでぼくが残したコメントの一部である。正直今と変わらない気がするが、壁を殴り、手首を切り裂き、血を流しながらこんなことを書いていたのだから正気の沙汰ではない。そしてこのころ、ぼくは明らかにオンリーワンよりもナンバーワンになりたがっていた。おれより上手い絵描きは全員死ね、とそういう人の集まるIRCチャットでさえわめいていたのだ。そして、heartless00氏の仰る「「そういう能力の上下は関係ない、ただこの他の誰でもないこの私」として承認されたい、といった本来的な意味での承認願望」を唾棄すべきもの、敗北主義者の妄言と蔑んでいた。その思いは今でも多分にある。能力のない人間は存在を否定されるあの手の業界では、それはたしかに敗北主義なのだ。ぼくは絵描きの世界から逃げ、この承認欲求を捨てることでとりあえず心の安寧を手に入れた。が、それは一部の絵描きにとっては、やはりプロ絵描きを諦めた負け犬としか映らないだろう。それで付き合う価値のない人間と斬って捨てられかねないことは、身をもって知っている。

それだけに、たかだか「ほかの誰でもない」程度の自分を認めてもらったところで何になる、という強い反感がぼくにはある。「たとえ○○でなくたって、きみはきみだよ」という言葉に含まれたどうしようもない憐憫の情! ちなみにこれは、バイト中に叱責され、凹んで泣きそうになりながら必死で自分に言い聞かせていた言葉だった。体動かすバイトではまったく使えないやつだからって、きみの全存在が否定されるわけではないんだよ、きみはきみだよ、と。ただただ惨めだった。そんな自己承認に縋らねばならない状況は人として最低だと思った。おそらく、能力とは無関係にとりあえず自己の固有性を承認してもらうというのは「健康で文化的な最低限度」のものであり、とりあえず人として認められ保護される、という程度のものでしかないのだ。

人生において何事かを為そうという意志があるならば、やはりエグゼクティヴな承認へと踏み出すしかない。そう、思う。

おわりに――空は俺の嫁

いつにも増してとりとめがなくなってしまったが、これでheartless00氏への回答になっただろうか?

なお、執筆中に思いっきり『BAMBOO BLADE』をスルーしてしまい、正直それだけでheartless00氏をdisるに足るとはらわた煮えくり返っていたが、直後に始まった『スケッチブック』ですべて吹き飛んだ。

y_arim あー、おれにバンブレを忘れさせたという理由でheartless00は殴っていいな。 http://twitter.com/y_arim/statuses/508156582

y_arim 幼空ぁぁぁあああぁぁああぁあ嗚呼ああぁあああぁぁあああぁあぁああ嗚呼ああああああああああああぁぁぁぁああああああぁあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!1 http://twitter.com/y_arim/statuses/508163092

y_arim 恋空なんかより幼空のほうが500京倍くらいいいね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! http://twitter.com/y_arim/statuses/508164812

y_arim とりあえず幼空おれの! おれんだからな!!!!!!!!1 お前ら触るんじゃねーぞ!!! http://twitter.com/y_arim/statuses/508170392

y_arim 承認欲求とかどうでもいいよ。アニメあるなら。 http://twitter.com/y_arim/statuses/508173032

y_arim @y_benjo 空の可愛さに比べれば、自分を肯定してもらうのもらわないのなんて悩み、些細と呼ぶもおこがましい。 http://twitter.com/y_arim/statuses/508185192

y_arim 頼むから、頼むからその帯気音喋りをやめてくれ、いやもっとやって、いや、やっぱり適度に自重してくれ空……抱きしめたくなる。 http://twitter.com/y_arim/statuses/508191482

y_arim きみたちに言っておくことがある。おれはいま、しあわせだ。 http://twitter.com/y_arim/statuses/508209652

Twitterのログより。結論として、みんなアニメを見るべきなのである。それだけで満たされるから。マジで。

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Comment

  1. ari より:

    ハルヒ話のリンク先に行って3行であ俺これ昔読んだ! みたいな
    懐かしい
    絵描きの世界は絶望の世界です。ぐぅの音も出ない一目瞭然ほど打ちのめされるものはないです
    それにしてもtwitter、なんで恐ろしい世界であろうか
    ハーさんは俺の嫁
    何でもかんでもその態度は貫けないけど、好きな物くらいにはその気概で行きたいと思ふ
    さぁ月末は脳汁出しながらミク本漁りだ

  2. p_shirokuma より:

    ふと思ったんですが、そのエグゼクティブな承認欲求の備給と、ニコニコ的な、匿名多数にとけ込んでの承認欲求の備給との対峙構造は分かったんですが。例えばはてな上に友達が出来るとか、そういうのどうなんですか。僕は割と、はてな上のお知り合いと親睦を深めたり相違と相似を確かめたりするのも大好きでして。こういうのをy_arimさんならどう表現しますか?

  3. mae-9 より:

    >あのようになった前島君
    この書き方だと死んだかなんかしたみたいじゃないすか。元気なのに……w

  4. K_NATSUBA より:

    >東大に入ると「頭がいい」という事は特別ではなく「他にもたくさんいる」という事実

    典型的な、学校で勉強が出来る奴が東大に行く、という勘違いよね。
    出来る奴も出来ない奴もとりあえず東大、という文化なだけなのにな。
    そしてそういう文化圏から東大に行くと別に頭のよさで挫折とかは味わわない。ただ、周りの東大生が信じられないくらい勉強するのでドン引く。

  5. y_arim より:

    #前Q
    えー。彼の在りようとか生き様について述べたつもりなんだけどなあ。前島君元気だよ前島君。

    #薫
    そうねー。っていうか、進学校にいたら頭がいいの悪いのってわりとどうでもよくなるものなんだけどな。ここでは書かなかったけど、ぼくなんか中高時代は落ちこぼれだったんだから。校内の成績見る限りは。
    何が楽しくてこんなに勉強してるんだろうこいつら、とそういう「周りの東大生」を眺めつつ思っていたんだけど、結局そういう連中のほうが適応してしまうのだよなあ。学部へ進学すると。ぼくはやっぱり勉強が嫌いだったから脱落したのだろう。

  6. heartless00 より:

    糞コメはフルボッコだお
     ↓shirokuma氏         ↓私       ↓arim氏
                    ブ…!!       /⌒ヽ
     ―=≡三 /⌒ヽ      \从从///  (^ω^ ) 三≡=―
    ―=≡三と( ^ω^)つ’’”´” ⌒_ノ;*;’’”´”’’::;:,(    つ 三≡=―
     ―=≡三 ヽ     ̄ ̄⌒)>ω(;;;((⌒ ̄ ̄ ̄_  ) 三≡=―
     ―=≡三 /  / ̄ ̄´”’’’⊂;;;#’:*,’´’’::;;;;::’’’”´ ̄ヽ \ 三≡=―
     ―=≡三 \__); ///( >>>>>^)^) \\\(__) 三≡=―

    妙な推測してしまいすみませんでしたm(__)m
    あとバンブレスルーさせた責任とって腹切ります><
    やはりシロクマ先生の仰る「エグゼプティブな承認欲求」だったのですね。シロクマ先生のとこにも謝りに行かねば・・。
    「ハルヒ厨、vipper等ヌルオタこそが涼宮ハルヒの憂鬱を正しく受け取っている」みたいなエントリー書こうと思ったのですがarimさんのコメントに気づかず別のエントリー(非モテ、幼馴染に逢いに行く・・─幼き日の婚約者─ 、)とか長々書いてしまったためガッツ不足・・また明日にでも・・。

  7. killhiguchi より:

     こんにちは。毎度y_arimさんの熱情には胸を打たれるばかりです。自分というものヘの拘泥の強さ、語ることの熱量、語られたことのはの質量、生きていることの感触、そういったものに圧倒されます。
     的外れなことを書きます。
     承認の要求には存在的な承認要求と価値的な承認要求があろうかと思います。在るということを認められることと意味を認められることです。普通この二つは肯定の側では一体となっていますが、否定される局面になれば両者の分断は明らかになります。我々は産まれて生きている以上誰かに必ず存在承認されていることになりますが(だからこそ私は存在承認されなかった産まれてこなかった子供達に思いを馳せるのです。)、y_arimさんは存在承認の上に過剰な価値承認を求めていらっしゃるように見受けられます。自分に意義を見い出し世界の価値観を自分に染めあげ侵し尽くそうとする欲求があるように思われます。そのために活動し息づき闘っていらっしゃるように見えます。世界/社会/世間と対峙した嵐吹き荒ぶ場所で独りで自分は自分なんだと叫んでいらっしゃる姿が想像できます。
     対して、私は、私という自分がそもそも分からない人間です。俺色に世界を染めようにも自分の色が分からない人間です。私にとって私は有象無象で捉えどころのないのっぺりとしたリゾームです。捉えたと思えばその瞬間にそこにはおらず常に移動している粘菌状の生き物です。ナンバーワンだかオンリーワンだか分かりませんが、その前提になる存在自体が己に措定されていないのです。価値づけ以前なのです。その自分の不透明さが私をして私を病ませました。それゆえ私は私が知りたいのです。
     しかし私は生きています。生きている以上存在を承認され何らかの軌跡を描いています。それは間違いありません。ならば、私に私を知らしめることとは、存在承認を自分に行わせることとは、その軌跡を知ることです。しかしそれ自体では当然ながら見えません。そこで必要になるのが私を見ている/存在承認している他の軌跡達です。他の軌跡に出逢い、他の軌跡に引き込まれ、他の軌跡を誘惑し、共に踊り、それによって自らの軌跡は明らかになります。そして逆説的にですが、やがては、それらの他の軌跡達の集まりが私として認識されるようになるはずです。私が動くことで他のものも動き他のものも動くことで私が動くという連合体として、蠢く私が認識されます。私が私をして語らせることが他者を集め私を私として強固なものに仕上げていきます。私の口を通って初めて私と他者が共に実現されるような仕組みが出来上がります。
     そうです。ここでy_arimさんと同じようなことが私にも起きるのです。私を通じなければ他者も実現できないというような、俺色に世界を染めようとすることが起きるのです。ただy_arimと私が違うのは、私が私を通じて世界を実現させようとした時に、同時に実現するのは私でもあるということです。私は世界と対峙できるほど確固としてはいませんし世界に対峙できる対象として措定できるほど存在を承認されていません。私にできるのは、取りあえず口を開いて自由連想し、私と共にある他者を通じて私を見ることです。世界を通じて自分を見つけることです。世界が私色に染まる時私も世界色に染まります。無論この場合の「染まる」というのはy_arimの場合と私とでは異なります。y_arimの場合は力強い肯定的な承認を意味するのでしょうが、私の場合は肯定でも否定でも私に構うことを意味します。それではニコニコ動画に集うコメントと変わりないと言われるかもしれませんが、それでもいいのです。いえそれでなければならないのです。私は常に世界に急迫して私の軌跡との対峙を求めます。私が私を懸命に知ろうとしているのですから、他者は逃げることも含め様々な対応を迫られます。その他者の軌跡の集まりが私が世界にぶつかった時の手ごたえなのです。素見しも嘲笑も含めて、自分では自分の見えない私にとっては確実な手ごたえなのです。あたかも、盲者の持つ棒がそれで触った時にだけ対象を知覚可能にすると同時に棒自身の性質も知覚者に提供するようにです。
     さて、何が言いたかったのでしょう?忘れてしまいました。ただy_arimさんの口に促されて私も何かを口走りたくなっただけのことかもしれません。それがy_arimと私の軌跡を多少とも明確にするかどうかは分からないにしても。

  8. hogehoge より:

    アニメを見るのもいいけど、声優イベントに行くのも(以下略

  9. p_shirokuma より:

    おはようございます、y_arimさん。恐ろしいことに、上の書き込みを一体いつ自分が書いたのか全く記憶が残っていません。ゆうべ、少しお酒を呑んだのは記憶しているのですが。しかも、句読点の位置がヘンです。書き直してもう一度質問を。

    エグゼクティブな承認欲求の備給と、ニコニコ的な、匿名多数にとけ込んでの承認欲求の備給とを対比する図式は分かりやすかったです。では、例えばはてな上に友達が出来るとか、一緒に友達とコミケに行くとか、そういうのはy_arimさんならどの辺りに位置づるでしょうか。僕は割と、はてな上のお知り合いと親睦を深めたり相違と相似を確かめたりするのも大好きで、ギャアギャア遊んでいれば(消費コンテンツが何であれ)結構豊かな時間だなと思ったりするんですよ。そういう時間であっても、ハイレベルなコンテンツについて云々している時間よりも不満足な感じになってしまうものなのか?どんなものでしょうか。

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  • Yuu Arimura 有村悠

    フリーライター兼同人サークルLunatic Prophet主宰
    月刊『ゲームラボ』で「同人業界ジャーナル」連載中。その他、『オトナアニメ』『リスアニ!』などに寄稿。名前の出ない仕事も複数
    お仕事:
    edgeoftheseason@gmail.com
    その他:
    y_arim@lunaticprophet.org

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