そこにはクリエイターもコンテンツも存在せず、ただうp主と神動画が存在するのみ

公開日: : 最終更新日:2012/02/14 Diary

 よーやく原稿に片がついたっぽいので(この1週間で3万字くらい書いた。そろそろ告知予定)、リハビリとしてなんか書きます。

小寺信良の現象試考:「一億総クリエイター」という勘違いに至る道のり (1/3) – ITmedia +D LifeStyle

「生の時代」から「一億総クリエイターの時代」到来までの歴史把握は正確だと思うのだけど、そのあとで披露される、UGCをコンテンツビジネスとして成立させる方法についての考察自体が古いスキームから離れられておらず、ひどく歪なものになっている気がする。

「生の時代」、というか原初の娯楽ってのは、

これらの娯楽が発生した当初は、それを提供する側、享受する側の間で明らかな線引きは存在しなかったであろう。

 と小寺氏も述べているとおり、作り手イコール受け手だったのだろう。誰かがドンツクと何かを叩いたりペンポロンピイプウと何かを鳴らしたりして、誰かが踊ったりすればそれで娯楽なのであり、その誰かは特定の「誰か」である必要はない。

で、

 しかし人間社会が高度に分業化されていくに従って、娯楽を提供する専門家が登場する。役者や歌い手といったパフォーマー、作曲家、美術家といった制作者が専業化していく。

 となったわけだけど、娯楽が「コンテンツ」、提供者が「クリエイター」となったことで、作り手-受け手の二項対立モデルに基づくコンテンツビジネスが確立したのは結局このときからだろう。本邦は室町時代の世阿弥だって、貴族やら武家やらという受け手に対して能というコンテンツを提供するクリエイターであり、そいつはもちろんコンテンツビジネスだ。

 そのあとの歴史は結局、このビジネスがどれほどの規模で誰が参加するのかという部分の変化でしかない。途中から作り手側に流通業者やらなんやらがくっついて「送り手」に変質するのだけど、基本構造は同じ。

 ここで、小寺氏の記事と同じITmediaに掲載された、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤社長のインタビュー記事を見てみよう。

クリプトン・フューチャー・メディアに聞く(4) 最終回:JASRACモデルの限界を超えて――「初音ミク」という“創作の実験” (1/3)

 伊藤社長も小寺氏と同じような歴史認識に立ったうえで、現行のコンテンツビジネスを「中央集権的・クライアント-サーバ的」と表現する。そして、「CGMの登場で「ぽきっと折れ曲がろうとしている」」と主張する*1

 JASRACをはじめとした旧来のモデルは、権利を握りしめた“特別な人”が、少数のコンテンツを全国に届け、対価をお金で回収するという中央集権型。だがミク楽曲のようなCGMは、ばらばらに住む個人がお金もうけを離れた立場で作り、個人に届けるPeer To Peer(P2P)型。JASRACモデルが通用しないのは必然だ。

 この記事ではあくまでビジネスの観点から話をしているけれど、これが「特別な人」=少数の送り手に対置される大多数の平凡な受け手という二項対立モデルを前提としているのがおわかりだろうか? 先述したとおり、JASRACのような本来の作り手以外の権利者は、コンテンツビジネスの構造が複雑化してきたのでおまけとして加わった要素でしかない。UGCだCGMだといったものの登場が突き崩すのは、この二項対立モデルそのものだ。

 小寺氏は「場に参加することそのものがコンテンツ化している」と表現する。2ちゃんねるやニコニコ動画のような「場」=ネット上のコミュニティとは、娯楽が生まれた当時の、いまだ職能が未分化な原始共同体のようなものだ。そこでは娯楽の提供者が特定の「誰か」である必要はない。極論するなら、オリジネイターである必要すらない。どこかから持ってきた画像や動画をアップロードしさえすれば、コミュニティ内部での娯楽提供者=「うp主」になりうる。

 以前、ぼくは「ニコニコ動画の違法アップロードが根絶できそうにない、ある根本的な理由」という記事で、その理由を「録画したドラマ・アニメ本編やDVD・音楽CDをリッピングした動画もまた、ユーザの自己表現のひとつという感覚だから」と述べた。

視聴者にとって、神MADの制作者も「歌ってみた」ひとも、そして高画質・高音質で(もしくは放映終了後すぐに)アニメ本編やら音楽CDやらをアップするエンコ職人も、等しく「面白い動画を上げてくれるうp主(アップロード者)」である。

 もちろん、なんらかの技能を持っている必要はあるだろう。ニコニコ動画の話をするなら、MAD動画を作るにはある程度の映像制作技術が必須で、初音ミクに歌わせるにはDTM技術や音楽の才が要る。ヘンなタグ付けやアスキーアートを駆使したコメントアートの投稿にすら、どう名づけていいのかわからないが、何かしらの才能が不可欠だ。なにより、「面白いネタを考える能力」に裏打ちされていなければならないのはすべてにおいて共通している。

 ただし、ニコニコ動画は基本的に匿名制である。ということは、誰がそのような技能の持ち主であるかはあらかじめ認識できないのだ。ニコニコ動画ユーザのひとりとして実感を述べるなら、「場に参加している誰かが面白いことをやり、みんなで楽しむ」という感覚である。「○○P」などの固有名で認識される動画投稿者も、それだけで他の参加者と隔絶した特権的な地位を得るわけではない*2。あれはまさにタグ付けなのだ。

 既存のビジネスモデルに慣れた人々が戸惑うのは、この感覚に対してではないだろうか? ここには作り手(送り手)と受け手の明確な分化もなく、よってクリエイターもいなければコンテンツも存在せず、当然ビジネスだって成立していないのである。

 そう。「クリエイター」「コンテンツ」「ビジネス」、いずれも分業化した人間社会*3を前提とするスキーム内で流通する用語でしかない。小寺氏をはじめ多くの論者が、そういう概念でUGCやCGMを捉えようとすること自体、既存の枠組みに囚われていることを露呈しているのである。

「一億総クリエイター」というのはたしかに誤解もいいところで、己の提供する娯楽コンテンツでビジネスを行えるほどの専門家は才に恵まれた一握りにすぎない。これまでのスキームに則るなら、思い上がるな大衆が(藁)とでも言っておけばよい。

 けれども、「一億総クリエイターなどは、ただの幻想である」と喝破して事足れりとしている場合でもない。「消費者をコンテンツの作り手側として観測するか、受け手として観測するか」などというのがすでに固陋な発想である。作り手-受け手という二項対立モデルの解体*4こそが、そこで行われていることの正体なのだから。

 新たな現象を、「消費者」「コンテンツ」「クリエイター」という旧時代の言葉で語るべきではないのではないか。たとえば「ニコ厨」「神動画」「うp主」などという、ユーザ自身の言葉を用いて語るべきなのではないだろうか? ――と、締めくくることにする。

 余談。

 id:Midas氏は、はてな匿名ダイアリーの男の人について疑問に思ってることという記事にこんなブックマークコメントを残している。

こういう質問が話題になるのは性意識が変わったから。例えば「嫌儲」とは資本主義における性革命(フリーセックス)リバイバル←タダでダウソしたい。愛してればダウソ可。社会変化が、性を問い直すきっかけになってる

 これは7月の初めに彼と会食した際にも仰っていたことだ。インターネットで起こっているのは、ラブ&ピースを唱えるフリーセックス運動とまるっきり同じだ、と。

 彼のいわんとすることが、ようやくわかった気がする。


*1:入れ物である「メディア」を指すCGM(Consumer Generated Media)と、その中身=「コンテンツ」を指すUGC(User Generated Content)を混同している箇所が見られることに注意しなければならない。

*2:既存のコンテンツビジネスに自ら乗ろうとしたときに、そのような「クリエイター」の座に就いたと認識されるのだろう。そして嫌儲によるバッシングが起こる。

*3:資本主義社会、もっと大きいくくりで貨幣経済社会と言ってもいいのかもしれないが、そこまで巨大な話をしてよいものかぼくには判断がつかない。

*4:脱構築って言っていいんだっけこの場合?

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Comment

  1. Midas より:

    そんなに師走の風は冷たいのかね?

  2. Midas より:

    ちょっと論点を整理しときたいんだけど
    元エントリに正面から答えすぎなのではないか
    「クリエータ」とか「うぷ主」みたいなのは主体の概念な訳だが
    言いかえで行き詰まる様なら、別のアングルから見てみては?

    例えばエンツォ・フェラーリという人が88年に
    「今、車が速い。てのは最高速じやなくて加速(ベロチッタ・インスタンタ←即席ですな)なんだ」て言ってるんだが
    週刊誌がネットに比べダメなのはそこだしょ?
    ネットのスピード感に課金がついてこれない
    つまり原因はデジタルでなく速度
    故に主体化も困難
    という発想はどうだろ?

  3. y_arim より:

    コメントありがとうございます。
    なるほど、速度についていけずに主体がぼやける一方でテクストが強まる……よくわかる感覚です。

    「10年前」や「100年前」に対する感覚というのは、50年前や100年前、300年前と現在を比べるとどう変化しているのだろう? ということを最近よく考えます。電灯の発明が絵画の表現技法に決定的な変化を与えた、と仰っていたように、テクストが半永久的に残り続ける一方で、2ちゃんねるVIP板やニコニコ動画のコメントではログが数時間で不可視化されかねないようなインターネットもまた、時間経過の概念に重大な変化を及ぼしているのではないか、と予想しているのです。

    あまりに漠然とした、しかもかなり見当はずれなお答えでしかないのですけれども、何かしらの長文をしたためるときは自己を定め、自分と対話しつつ書くような感覚があります。なんですが、短文即レスをもってよしとするインターネットにはそれを許さないところがある。
    たとえば、2週間くらい前に話題になった『入場料を取る本屋』について記事を書こうとしているのですけれど、ブロゴスフィア(そんなもんあるのか知りませんが)においてはもはや旬を過ぎた話題でしかない。去年なんか、炎上した記事のコメントに全レスした記事を3日後にアップしたら「今更遅い」と罵倒されました。
    いかにすばやく的確な反応を返すか――というところにおいて、個性は平準化されるのではないかと思っています。ポエムはもちろん自己主張強いのですけれど、それすらもコピーとして氾濫していやしないか、とも(winnyを指して言われていた『自作ポエム交換ソフト』というジョークはなかなか象徴的な気がします)。

    で、主体なきポエムのコピーばかりが流通する。世に流通するテクストの総量というか、人間が目にするテクストの量って、インターネット普及以前に比べてどうなっているんでしょう? 書物に取って代わっただけなのか、それとも?
    半年ほど前、『キモいよぉ! キモい上にウザいよちょっと!!』なる記事で、
    「なぜオフラインではそういうひとをやり過ごせるのに、オンラインだとストレスを感じてしまうのか? オンライン人口よりオフライン人口のほうが多いのに。という声もある。それに対しては先ほど述べたインターネットの特性のほかに、音声と文字の違いを挙げたい。
    (中略)
    人間の外部情報の収集の大半は視覚によるものであり、たとえば侮蔑的な用法の「バカ」という言葉であっても、文字に起こしたほうがより強烈な印象を与えるのだ――というのが、与太に近い持論である。」
    ということを書きました。テクストの主体拘束が強まる、とはこういうことなのではないか、と理解しています。

    テクスト原理主義に抗って主体を維持するための行動として、「忘れたころにレス」というのをやってみるつもりでいます。書こうとして数ヶ月単位で放置してしまっているネタや書きかけの記事というのがずいぶんたくさんあるのですが、それらを「タイミングを逸した」と思わずにアップする。そんなささいなことも、「いろいろできる」うちに含まれるのではないかと考えています。

    ご期待に沿える返答だったか自信がありませんが、ひとまず、以上のようなことを考えた次第です。これ自体がろくに主体を定めずに行う即レスみたいなものかもしれませんが……。

    余談……テクストのシミュラークルのスピーディな反復が、一種のディシプリンのように作用するのも「主体へ呼びかける拘束力」なのかもしれません。「ニコ厨」「神動画」「うp主」というテクストの氾濫の中に身をおいているうち、それらの概念のなかに閉じ込められ、外部へ出ることを妨げられているのだとしたら。

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